ママの後ろからみる芝居~ビッケ~黒い角をもつ少年~

ミュージカル劇団ポーキーホーキーさんの「ビッケ~黒い角を持つ少年」を見てきました。

子供と一緒に見に行ける地元の劇団さんで、

本公演だけでなく、野外公園などもちょくちょくお邪魔させて頂いております。

 

今回印象的だったのは・・・・・・

 

催眠術にかかった先生や子供たちがビッケを責めるシーンがあるんですけど、

これが怖かった。本当に不気味で胸がぎゅうってなった。

うちの子は私の後ろに隠れ、前のほうでお姉ちゃんと見ていた小さい女の子は椅子席のおばあちゃんのところに非難し小学生くらいのメガネの女の子は耳を押さえていた。

で、ここで私が思ったのは、そういう芝居(物語でも)って必要だよなぁってこと。

子供向けって言うと、「明るく楽しく」みたいなのが合言葉だけど、

おとぎ話とか妖怪の話とか、自分の地続きの世界とはちょっと違う安全に隔離された世界でそういう体験をする事って大切だよなって。

ポキホキさんで安心できるのは、遊び心はいつも忘れず最後は絶対ハッピーエンドで、

どこかの世界へ行ってしまった子供たちも必ずここに帰してくれる、ということ。

それと絡めて考えたのは、

ワークショップのプロセスも一緒で、『明るく楽しくみんなのコミュニケーション!』みたいな印象が強いけど、

安全な時間と空間の中で「できない」とか「むり」とか「はずかしい」とか「こわい」とか「かなしい」とか、

そういう(世間一般に言う)ネガティブが感情、場に出会うことも大切なことなんですよ。

 

そんなことを思いました。

 

そしてその流れでもう一つ思ったのは、「セリフ」以外の伝達手段のなんと強力なこと。

たぶん、催眠術にかかってる時にキャストが「クリスマス・・・・お誕生日・・・・」とか言ってても子供たちの受ける感じは同じではなかっただろうか。

それは音の響きであったり、動きであったり、役者の目線であったり。

そういうものに子供は大人以上に受け取るものが大きいのだと思う。

夫婦でなんとなくぎくしゃくしてるとき、どんなけ見繕ってみても子供は感じてて、子供の様子もおかしくなっちゃう、みたいなこと。

逆に言うと、大人が聞くとドキってして「こんなの子供に聞かせていいのかしら?」なんて思うセリフも子供には全然響いてなかったり。

もっと子供の感受性を信じていいという事と共に、図った以上の影響を与えることもあることを私たち大人は意識しないといけないのかもしれないなぁ。