七夕のねがいごと

友達に紹介され、くわばたりえさんのオフィシャルブログと出会いました。

 

くわばたさんの育児感がとても素敵で、私も共感するところが多く、お気に入りになりました。

 

その中で「七夕」という記事を発見。

http://ameblo.jp/kuwabata0324/entry-11294452529.html

 

息子さんに短冊に書くお願いを聞いてもまだ教えられない年なので、夫婦で考えた、その時間が良かった、というもの。

あら、すてき♪と思って我が家でもやってみた。

 

 

私「かーくんのねがいごとなにかね?」

 

旦那「うーーん・・・・ゴーオンジャーになりたい?」

 

私「やっぱ、そうかねー」

 

 

と言いながら気づいた。

 

 

私「でもさ・・・・・・・・かーくん、あれ、たぶん、毎日ゴーオンジャーになってるよ。プリキュアにも。

 

 つまり・・・本人は、なれてるつもりだよ、たぶん」

 

 

そうなのです。毎日、母を倒す彼は、ゴーカイジャー以外の何物でも、変にまじめなキメ顔をする彼は、プリキュア以外の何物でもないはずなのです。

 

すると、なれてるのに「ゴーカイジャーになりたい」は、ないだろう。

 

 

 

なんか、そんなことを思ったら・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

人が成長する過程で「こうなりたい」って夢を持つことは素敵だけど、

 

 

 

 

それはすなわち、「今はそれじゃない」って認めることであって、

 

 

 

成長する過程でそれはとても大事なことなんだけど、

 

 

 

 

同時に、なんにでもなれる今を手放すことでもあって

 

 

 

 

それはちょっと悲しいことだなって 思っちゃったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、でも、もしかして、(リアルで今気づいた)

 

大人だって演じる意識をもって何かを演じるとき、

 

 

その場なり時間内という枠はあるけれど、

 

 

その中ではそれになれる、なれてるのかもしれない。

 

 

 

 

私はかつて「火事」になったことがある。つまり・・・・炎に。

 

私はその時、炎以外の何物でもない、ぽいわけでもない、炎そのものだった。

(傍からはただの奇妙な踊りに見えただろうが)

 

 

 

なんだ、大人になっても、例え身の丈が分っても、例え自分の限界が分っても、芝居の上では何にでもなれるんじゃん。

 

な~んだ。よかった。やっぱ演じることはすごかった!

(本気で書く前は気付いていませんでした。演劇部なんつーなまえのとこの部長のくせにw)

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、かーくんは言葉がしゃべれるので、「おねがいごと、何?」と聞いたところ、「パン」といいました。

なんか貧しい家の子みたい~~~~~(>Д<) (笑)