2012年

12月

21日

さらさらと日本語が出てくる人々、凄いなぁ~プランツ

「プランツ」という集まりに顔を出させていただきました。

冊子『前橋市における美術館構想プレイベントの記録2010.10~2012.3』によると

「アートスクールBコース終了後、モヤモヤをカタチにする=実現してみたいアイデアを持ち寄り、現実化に向けてディスカッションを重ね、様々な分野・世代・価値観を持つ人達と交流する場として、月に一度開催しているミーティングテーブル

だそうです。

 

今回は30分の雑談の後の忘年会がメインでした。

   

母業営業中の時の私は、どこか周囲との交流を取りにくい部分があって。

言葉をうまく理解できない、理解できても発する言葉が見つからない。

おそらくそれは、私が母業ほっぽっちゃって社会的な交流に没頭することを自分で制御しているんですけどね。

なので、主に私は宙を飛ぶ会話をぼんやり眺めていました。

 

その時に感じたことは、「みんな、言葉に守られているなぁ」ってこと。

 

言葉を媒体として発すること、受け取ることによって  

自分と人との距離。自分と物事との距離。

それを確保しているんだなぁって。 

 

それはたぶん世間一般的なんだけど(笑)

 

群馬★演劇部だったり、育児だったり、職場だったりで、

音、仕草、表情、間、抑揚、ニュアンス、形、香り、味、化粧のノリ(笑)などの

非言語コミュニケーションをかなり多用している(ということは今プランツ出て改めて認識した)私は

なんだか言葉に酔っぱらってしまった。

 

でも、プランツと私のワークショップ、やってることは似てると思った。

「様々な分野・世代・価値観を持つ人達」が集まって「モヤモヤをカタチにする」

手段としてプランツがディスカッションを重ねるのであれば、

群馬★演劇部はワークショップを重ねます。言語とより多い非言語を使ってのディスカッションです。

目標としてプランツはディスカッションした末に何かを作り上げていくような印象だったけど。

ワークショップも家からもってきた課題ではないにしろ、その場で偶然的に出てくるものこそ、その人の今持つ課題だったりするなぁって良く思うから。

 

言葉で言い表せられないモヤモヤ(てゆうか、言い表せないんだからモヤモヤっていう気もする)を言語以外の手段で表現することもできたら。

 

プランツとコラボして、非言語コミュニケーションを使ったディスカッションが出来たら面白いな。

もう、マイムで良いから、とりあえず、やってみよう!的な。

体と言葉使ってやってみながら、または、だれかにやってもらってみたら、あるいは絵に描いてみたら、「これ!」とか「ちがう!」とか分かる気がするから。

 

そんなことも考えました。

 

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2012年

12月

18日

ママの後ろからみる芝居~ビッケ~黒い角をもつ少年~

ミュージカル劇団ポーキーホーキーさんの「ビッケ~黒い角を持つ少年」を見てきました。

子供と一緒に見に行ける地元の劇団さんで、

本公演だけでなく、野外公園などもちょくちょくお邪魔させて頂いております。

 

今回印象的だったのは・・・・・・

 

催眠術にかかった先生や子供たちがビッケを責めるシーンがあるんですけど、

これが怖かった。本当に不気味で胸がぎゅうってなった。

うちの子は私の後ろに隠れ、前のほうでお姉ちゃんと見ていた小さい女の子は椅子席のおばあちゃんのところに非難し小学生くらいのメガネの女の子は耳を押さえていた。

で、ここで私が思ったのは、そういう芝居(物語でも)って必要だよなぁってこと。

子供向けって言うと、「明るく楽しく」みたいなのが合言葉だけど、

おとぎ話とか妖怪の話とか、自分の地続きの世界とはちょっと違う安全に隔離された世界でそういう体験をする事って大切だよなって。

ポキホキさんで安心できるのは、遊び心はいつも忘れず最後は絶対ハッピーエンドで、

どこかの世界へ行ってしまった子供たちも必ずここに帰してくれる、ということ。

それと絡めて考えたのは、

ワークショップのプロセスも一緒で、『明るく楽しくみんなのコミュニケーション!』みたいな印象が強いけど、

安全な時間と空間の中で「できない」とか「むり」とか「はずかしい」とか「こわい」とか「かなしい」とか、

そういう(世間一般に言う)ネガティブが感情、場に出会うことも大切なことなんですよ。

 

そんなことを思いました。

 

そしてその流れでもう一つ思ったのは、「セリフ」以外の伝達手段のなんと強力なこと。

たぶん、催眠術にかかってる時にキャストが「クリスマス・・・・お誕生日・・・・」とか言ってても子供たちの受ける感じは同じではなかっただろうか。

それは音の響きであったり、動きであったり、役者の目線であったり。

そういうものに子供は大人以上に受け取るものが大きいのだと思う。

夫婦でなんとなくぎくしゃくしてるとき、どんなけ見繕ってみても子供は感じてて、子供の様子もおかしくなっちゃう、みたいなこと。

逆に言うと、大人が聞くとドキってして「こんなの子供に聞かせていいのかしら?」なんて思うセリフも子供には全然響いてなかったり。

もっと子供の感受性を信じていいという事と共に、図った以上の影響を与えることもあることを私たち大人は意識しないといけないのかもしれないなぁ。

 

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2012年

12月

13日

白は前に出てくるか、後ろに下がるか~Lo.cul.p

 

 

すっごい曖昧なんだけど、私が学生の時、先生がバウハウスの逸話だったかな?してくれた。

 

『デザインの授業で教授が「白(明度が高いってことを言いたいんだと思う)は前に飛び出して見える色です」というと

 

生徒が真っ黒い紙の真ん中に白い丸の描いてある絵を見せて、じゃあこれは何か?と尋ねた。

 

教授は何だか答えて、要は「前に出てるよね」ってことを言ったら

 

生徒は「これは井戸の中から上を見ている絵です」って答えた。

 

白だからと言って前面に出ているわけではないですねって。』

 

まぁ、この逸話を視覚のマジックととるか、屁理屈ととるかはさておき。

 

 

 

Lo.cul.pのモノクロの柔らかい線と面とグラデーションの写真は

 

次元の摂理を麻痺させて、

 

建築物を撮っているであろうことは見れば容易に想像はつくのだが

 

どこが手前で奥でどう繋がっているのか、

 

なんだか、そんなことを考えるのもバカらしい位、

 

柔らかい画は私をどこかへ連れて行って、

 

冬の日差しと無機質な元オフィスとアラジンストーブとバーっぽいパントリーと

 

オーナーとアーティストと私たち親子がいて。

 

心地よくて思わずぼやいてしまったけど、きちんと対話してくれてありがとうございました。

 

すごいすっきりしました。

 

 

 

思い出してみたら、一つのモチーフで構成された展示会って初めて見たかもしれない。

 

いつもテーマは一つでも、作者が複数だったり、作品の主題(タイトル)が複数だったり。

 

ついついいっぱい認知してもらいたくてオムニバスみたいに詰め込んでしまいがちだけど、

 

こういうのもいいもんだ。むしろ、ちゃんと味わえるような気もした。

 

明日までだけど、おススメです。

 

 

2012/12/8(土)~12/14(金) 13:00~19:00

群馬県高崎市田町53-2

  エクストリーム写真ユニット Lo.cul.p の展示を開催致します。

 

 

 

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2012年

12月

09日

「アーツセッション(仮)」という実験

これは「まちがいさがし」のゲーム。

 

4人でポーズして、観客が凝視、その後3か所だけ変えてどこが変わったか当てるゲーム。

 

いい大人がキャイキャイ言ってあれやこれや工夫したり、突っ込み満載の仕掛けをしたり。

 

本当、あほだな~って(失礼)微笑ましくなる。

 

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2012年

11月

29日

なぜアーツセッション(仮)なのか

今回、一か月の研修期間(自分の中で勝手に呼んでいた)を経て、

 

群馬★演劇部は12月のワークショップを「アーツセッション(仮)」と題しました。

 

仮にも「演劇」という単語のついているサークルにとって、

 

それは節操無きことのようにも、

 

新たな開拓地への冒険のようにも、

 

無謀な航海のようにも感じられるわけですが、

 

おそらく「アーツ」の単語を見て初めてこのHPに訪れてくれた人もいる(かもしれない)と思うので、

 

なぜ、「アーツセッション(仮)」なのかを、少しご説明します。

 

 

 

 

一言で言ってしまえば、私たちが行っているのは「プロセス」であり、「良質な時間を共に過ごすこと」です。

 

極論を言ってしまえば演劇でなくても良いと私は感じてます。

 

例え「アーツ部」になろうが、「料理部」になろうが、「漫画研究部」になろうが、ツールは違えど、やることはさほど変わらないのです。

 

だからと言って突然「野球部」になって(バットが球にも当たらない私が!)野球を通して「良質な時間」を生み出すお手伝いをする勇気も生まれず、演劇の属する「アーツ」(ここでの概念は創造的諸芸術)の辺りから攻めて行っているわけなのですが。

 

 

ココだけの話、哲学書や電卓などを持ってくる人が一人や二人いないかと思っていたりもするのです。

 

 

友人に今回のセッションの相談をする中で、大変面白い素材案も出てきました。(目○まし時計とか)

可能な限り当日お持ちしたいと思います。

 

かなり実験的なワークショップになります。

 

どんなことになるのか、ドキドキハラハラ、皆さんと発見の連続に出合えたら良いなぁと思っています。

 

ワークショップの詳細はこちら

 

ワークショップの申し込み・お問合せはこちら

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2012年

11月

28日

はしごの果てに~イメージのさざ波・マウンテンハイドホテル

小出芝居を観劇後、隣の隣の隣くらいのミニギャラリー千代田にまた寄る。

 

アーツ前橋のプレイベントvol.18作品展示イメージのさざ波が11/23~12/16まで開催中。

 

アーティストトークの様子を聞いていて気になっていたので、見られて良かった。

 

海岸沿いの福島の映像は、同じ映像なのにテレビで見るよりもなぜかリアルで、

でも、現地に立ったら感じる感覚はこの比じゃないんだろうなって思ったら、

何だか足がゾクゾクした。

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2012年

11月

26日

黒い舞台には白い紐が良く似合う~cros17°「ハールーム」

我らが群馬★演劇部のファシリテーターもしております小出さんが演出を務めます劇団cros17°の舞台「ハールーム」が11月24,25日と前橋国際交流広場テオトール劇場で行われました。

私は日曜の方に行ったよ。

 

コイさんと知り合って一年が経つけれど、彼が演出家としてどんな芝居を作っているのか、知らなかったのです。

 

舞台を見てみて・・・・いつものコイさんがファシリテーターをしている時のその場の雰囲気そのままだったり、コイさん自身の雰囲気だったり、そんなものが充満していた舞台でした。

 

「演劇とその周辺」という言い方を彼は良くするけれど、それを十分に感じた舞台で、いや、舞台と言ってよいのだろうか、それすらも曖昧な、しかし音楽ともダンスとも、ましてや器械体操とも言い切ることのできないそれは、やはり「演劇」という枠組みのものなのだろうと、私はストールを巻いて縮こまり、寒さに耐える小動物の様に舞台上とその周辺の空間を凝視し続けたわけで。

 

ザワザワしました。基本的にザワザワしてました。

 

いつからだろう、芸術鑑賞の「感動」が必ずしも「喜」と「楽」だけではないのだと知ったのは。

そして、それをそれはそれで心地良いと感じるようになったのは。

 

コイさん、お疲れ様でした。cros17°の皆さんお疲れ様でした。

また、小出芝居(というものがあるらしい)、観に行きますね。

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2012年

11月

23日

暖炉守と現代アート~YA-GINS~

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2012年

11月

23日

ふらっと~こども×アート ドキュメンテーション展

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2012年

11月

23日

演じきれない部分がスキなんです~即興劇×朗読劇

11月17日、前橋は国際交流広場ホールにSHIBAI集団△Projectさんの即興劇と朗読劇の公演に行って参りました。

 

朗読劇も良く、最近家族モノに弱い私は例によって泣いてしまいましたが、

 

即興性を大切にしている(というか即興しかない)群馬★演劇部としては即興劇の公演と聞いては見逃せない演目!

 

カードでひかれた「だれが」「どこで」に沿って男女2人ペアが即興で演じるというものでしたが・・・

 

私は即興劇の何が大好きって、役者がふと素に戻る瞬間。

 

役を演じている一方で、オチとか時間とか方向性とか、そんなことを考えていて、それが漏れてしまう瞬間。

 

そして、即興ならではのマイムや設定などの矛盾、それを力技でやり通してしまう場。

 

即興劇というものを見せるバラエティチックな演出も効果的で、気づいたら あっはっはっは と笑っていた私。

 

は~面白かった!トライさん、またぜひやってくださいね~。

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2012年

11月

23日

「何か良く分かんないんだけどさ」~バラバラな生体のバイオナレーション

11月11日F/T公募プログラム「バラバラな生体のバイオナレーション」を見てきた。

 

どんなのかっていうと↓

 

 地域文化や野外での上演にこだわり、実験的な作品制作に取り組むシアタースタジオ・インドネシア。『バラバラな生体のバイオナレーション!』は、装置から衣裳、小道具、楽器に至るまで、作中の要素のほとんどに竹を使用した野外劇だ。パフォーマーたちの力強い歌声、リズム、そして伝統舞踊を取り入れた躍動感あふれる演技は、しなやかで強靭な竹の存在によって増幅され、うねりを上げる。その舞台は、渾沌とする都市に生きる私たちのあるべき姿を示すものでもある。

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2012年

11月

23日

公共施設で突然踊る~F/Tモブ

11月11日 池袋界隈で行われているF/Tモブに参加してきました!

F/Tモブ http://www.festival-tokyo.jp/mob/

F/T http://festival-tokyo.jp/

この日はKENTARO!!さんの振り付けの日。

5分10秒のところで、ちっとだけど私とかーくんが手前で踊ってます。

二人ともバタバタしてるだけ(笑)

テンパってないだけかーくんのほうがまだ見れるかも…

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2012年

11月

08日

にんじゃのしゅぎょうワークショップ

にんじゃのしゅぎょう
にんじゃのしゅぎょう
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2012年

9月

23日

からだとことばとこころで楽しみました。

今日は「からだとことばとこころで楽しむワークショップ」でした。

 

スタッフの皆様、参加者の皆様の協力と想像力(創造力)お陰で無事終了することが出来ました。

 

どうだっただろう?楽しんでもらえたかな?何を感じたかな?何かに繋がっていくのかな?

 

何を感じるも自由だし、感じないも自由だけど、

 

その中で少しでも、発すること、それから発さないこと、見ること、さらには見られることに

 

興味を持ってもらえたなら、嬉しいな、と思います。

 

私自身は、とてもとても楽しませていただきました。

 

たくさん笑って、たくさんびっくりして、たくさん感心して、たくさん感謝して、たくさん噛んで(苦笑)

 

 

 

今日は本当に本当にどうもありがとうございました。

 

また、来月もありますので、皆様ぜひぜひご参加いただきますよう、よろしくお願いいたしますね~。

 

また、一緒に聖火を点しましょう。

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2012年

9月

12日

「からだとことばとこころで楽しむワークショップ」締切日前夜

締め切りを明日に控え、大体参加者の顔が確定してきました。

(予約まだの人急いで!まだ間に合うよ!)

どこでこの活動を知ったんだろう?

どんな思いでアクセスしてくれたんだろう?

私が楽しくて始めた活動に、賛同してくれるみんな、

何かを期待してきてくれるみんな、

本当に本当に感謝です。

今、当日何をするか練りに練って考えているからね~。

でも、練って練って考えても完璧なプランなんて絶対なくて、

その日、その時、その場所で、その人たちでしか作れない唯一無二のモノがそこで出来上がる、

ある意味「未知」プランなこと、それがワークショップの醍醐味なんだよね。

参加者による参加者のための参加者の作るワークです。

さ、どんな時間が出来上がるかな。

 

予約をしてくれた、皆さんに会えることを楽しみにしております♪

 

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2012年

7月

20日

「ここ」にいるということ

毎日、不安になったり恐れたりすることがいっぱいあるけど、

 

ふと、空に浮かぶ雲だけを眺めてみたり、食べているモノの味だけを感じてみたり、

 

そうやって移動も思考もなんも止めて、

 

「ここ」だけに留まったとき、得も言われぬ幸福感、満足感に浸れるのは何故だろう?

 

それを悟りって言ったりもするらしいけど、

 

小さいころはよくそういう感覚に浸っていたなって、

 

昨日ただ電線の交差を見てて思い出した。

 

だた、目の前にいるダンゴ虫に夢中になってみたり、

 

どしゃぶりの雨に打たれてみたり、

 

そうやって夢中になって刹那を生きることって、

 

幼稚なようで、とても大切なことなのかもしれない。

 

昨日のこと、明日のこと、ずーっとずーっと先のことにふと恐怖することの多い現代人にとって、

 

「いま」を楽しむということ、「ここ」にいるという実感。

 

そういうワークショップ(あそび)が提供できたらいいな、って思う。

 

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2012年

7月

06日

七夕のねがいごと

友達に紹介され、くわばたりえさんのオフィシャルブログと出会いました。

 

くわばたさんの育児感がとても素敵で、私も共感するところが多く、お気に入りになりました。

 

その中で「七夕」という記事を発見。

http://ameblo.jp/kuwabata0324/entry-11294452529.html

 

息子さんに短冊に書くお願いを聞いてもまだ教えられない年なので、夫婦で考えた、その時間が良かった、というもの。

あら、すてき♪と思って我が家でもやってみた。

 

 

私「かーくんのねがいごとなにかね?」

 

旦那「うーーん・・・・ゴーオンジャーになりたい?」

 

私「やっぱ、そうかねー」

 

 

と言いながら気づいた。

 

 

私「でもさ・・・・・・・・かーくん、あれ、たぶん、毎日ゴーオンジャーになってるよ。プリキュアにも。

 

 つまり・・・本人は、なれてるつもりだよ、たぶん」

 

 

そうなのです。毎日、母を倒す彼は、ゴーカイジャー以外の何物でも、変にまじめなキメ顔をする彼は、プリキュア以外の何物でもないはずなのです。

 

すると、なれてるのに「ゴーカイジャーになりたい」は、ないだろう。

 

 

 

なんか、そんなことを思ったら・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

人が成長する過程で「こうなりたい」って夢を持つことは素敵だけど、

 

 

 

 

それはすなわち、「今はそれじゃない」って認めることであって、

 

 

 

成長する過程でそれはとても大事なことなんだけど、

 

 

 

 

同時に、なんにでもなれる今を手放すことでもあって

 

 

 

 

それはちょっと悲しいことだなって 思っちゃったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、でも、もしかして、(リアルで今気づいた)

 

大人だって演じる意識をもって何かを演じるとき、

 

 

その場なり時間内という枠はあるけれど、

 

 

その中ではそれになれる、なれてるのかもしれない。

 

 

 

 

私はかつて「火事」になったことがある。つまり・・・・炎に。

 

私はその時、炎以外の何物でもない、ぽいわけでもない、炎そのものだった。

(傍からはただの奇妙な踊りに見えただろうが)

 

 

 

なんだ、大人になっても、例え身の丈が分っても、例え自分の限界が分っても、芝居の上では何にでもなれるんじゃん。

 

な~んだ。よかった。やっぱ演じることはすごかった!

(本気で書く前は気付いていませんでした。演劇部なんつーなまえのとこの部長のくせにw)

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、かーくんは言葉がしゃべれるので、「おねがいごと、何?」と聞いたところ、「パン」といいました。

なんか貧しい家の子みたい~~~~~(>Д<) (笑)

 

 

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2012年

6月

24日

昨日も今日も明日も おいしゃさんごっこ

私が習っていたドラマセラピーで、何度も聞いた言葉。

 

「こどもは自分の体験をごっごあそびを通して繰り返し体感することで癒される」

 

なんか、「癒される」とかいうと、アヤシイ香りもするんですが、いや、どっちかっていうと、発達心理学に近い観点だと思うので、そこの人!恐れて読むのやめずに、とりあえずもうちょっとよんでみようや(笑)

 

 

 

かくいう私も、当時はそのフレーズの意味するところが良く分からずにいたんですね。

 

ところが、実際子供を持ってみて、まず最初に驚いたのは、

 

まだ2歳になって間もなかった時、かーくんは椅子から落ちて骨折してしまったんですけど。

 

まだごっこ遊びも満足に出来ない時分ですよ。

 

彼はギブスをしていた時期も、いや、むしろ治ってからの方が多かったかな、

 

なんども、なんども、「うでがいたい」と言って病院へ行ってレントゲンとって包帯を巻くごっこあそびをするわけですよ。それもすごく楽しそうに。

 

 

骨折は、それはそれは痛かったと思います。

それも、子供の骨なので最初折れてるのが分らず、一晩何も処置しない状態で、寝そうになっては腕に激痛が走りぎゃん泣きということを繰り返したんです。

 

でも、ギブスをしてからは元気満々とは言えなくても何も憂いでる様子はなく、それはそれなりに、1週間の後には包帯したまま保育園で他の子と一緒に過ごしていました。

 

その彼が、完治後も、一日に何度も、それを何日も続けたんです。

大体は眠る前、布団の上で二人で遊んでいるときですね。

時には私が患者になり、そこら辺のハンカチなんかをお互いに巻きっこして。

 

大体は腕を抑えるところから始まるんです。

(そしてその腕は必ずかつて折れた部分なんです。完治しても忘れない、すごいですよね!)

で、レントゲンを撮る角度と順番も、私がやってたからなんですけど、毎回すごく忠実に再現するんです。

私は大人なんでだんだん飽きてきちゃってはしょろうとすると怒られる(笑)

そして、たいてい彼は最後に包帯を巻いてもらうと安心したようににっこり笑うんです。

 

大人の私にとってみたら、痛くて辛かった思い出は、出来るだけ忘れたいから触れないようにしたいのかな、と思うのに、彼はその体験を何度も何度も繰り返して、そして、何度も回復を遂げるんです。

そのとき、「あ、骨は治っても、心が癒されるって言うのは時間をかけてこういうことをすることなのかな」と少し思ったわけです。

 

 

 

そして、今、なぜこんな話をするかというと、昨日、かーくんは水いぼの処理を皮膚科でしてきました。

私が「薬ぬりぬりするだけだよ」と言っていたのでピッと腕をあげていたかーくん。

そしたら、ピンセットでわきの下のいぼをぷちーーーって取られるもんだから、

「ぎゃーーーーーいたいーーーーー!!!」

と、まあ、なりますわな。

でも、ま、散々泣いて、抵抗して、何とか終わって、「痛かったけど頑張ったね」なんて会話して、ご褒美のチョコも買って一日が終わったわけです。

 

したら今日!最近コリラックマのぬいぐるみでよくお世話ごっことかやってるんですけど、突然コリラックマの脇をあげて腋の下をぷちぷちやり始めたんです。

わ!きたーーー!

と思いましたね。

そして、骨折の時のことがぱっと脳裏によみがえってきたんです。

あんなに毎日やっていても忘れるもんですね。

今日は、コリラックマの水いぼ処理を3回はしましたね。

主に彼がぷちぷちして「いたい」とか言って私が塗り薬と絆創膏貼って「もう大丈夫だよ」ってかーくんに渡す。

すると彼は「もーだいじょうぶ?なおった?」って安心する。

そんな感じの流れなんですけどね。

その後、気が済んだのか、コリラックマは腹痛になったり、怪我をしてたりしました。

 

どういう気持ちで、昨日の体験を繰り返してるんだろ~。

それも、以前は主に自分が患者、たまになっても私が患者でかーくんが医者。

でも今回は第三者を使っていたわけです。

どんな気持ちでどんなことを考えてやっていたんだろう・・・。聞けるもんなら聞いてみたいです。

でも・・・・たぶん目的意識なんてないんでしょうね。

最近印象的だったから、ごっこあそびをする。それだけ。

園であったけんかとかもよくうちでごっこあそびのモチーフになるんですけど、そういうことなんでしょうね。

でも、それでいいんでしょうね。

その、なんとなしのあそび(楽しい)が、知らない間に出来事を整理してくれたり、多方面から見るきっかけを与えてくれたり、現実とは違った結果(選択)を味わうことが出来たり、色々な副産物を生んでくれるんでしょうね。

 

 

 

それも、やっぱり演じることの醍醐味だと思うし、こどもだけでは勿体無い、ぜひ大人にも活用していきたい演じることの魅力だと思うんです。

 

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2012年

6月

24日

チラシ配布はじめました

発注していたチラシが納品になりました!

 

今回は境総合文化センターで行われている伊勢崎市境演劇フェスティバルの参加劇団さんに折込をさせて頂く事になっておりまして、4000枚用意しました。

 

初めてのチラシづくりと初めての納品・・・・・チラシってこんなに重いんですね。

一枚でも多く、色々な人に届いて、一人でも多く目に留めていただいて、一人でも多く(定員ありますけど)参加していただけたら嬉しいなって、思っています。

 

6月頭から各劇団さんにはお願いをさせていただいているのですが、演劇のえの字も分からないような素人の私に快くOK出していただいてて、本当感謝です(泣)

 

ワークショップのご案内も確定版をアップしました。

 

ぜひご覧の上、皆さんの参加お待ちしております♪(先着順なのでお早めに!)

 

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2012年

5月

17日

プロセスを楽しむアート

これは何かっつーとですね、鬼の絵です。

 

 

 

あ、 上のイチゴは関係ありません。

 

 

 

三つの梅干は目と目と口です。

 

よ~くみると、鉛筆で描いたようなうす~いピンクの輪郭が描いてあります。

 

息子、かーくん(2歳8か月)が描きました。(輪郭は私ですが)

 

たくさん一緒に指に絵具を付けてお絵かきをしていた時の出来事ですが。

 

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